複雑な思い

 夏の甲子園で、新型コロナウイルス感染により、初戦を前に宮崎商が出場を辞退したという

 宮崎商の校長先生は主催者からの決定の前に、校長の判断として出場辞退を決めたという。すべての責任を校長が負うという覚悟があってのことだと思う。当然、なんで辞退したんだ。残りの選手だけでも出場できただと批判を受けるのも十分覚悟の上だろう。しかし、当然応援として参加している一般生徒もいるだろう。校長は学校全体の安全を守るために決断したと思う。
 新型コロナウイルスの対応でも、オリンピックやパラリンピックに関しても、世の中、この校長先生のように自分が責任を負うという覚悟がないような気がする。どちらか一方に決めなければならない時がある。右か左か。その責任を他者に委ねて、まるで自分は責任者ではないかのようにしている。
 国も競技団体も一律に決めず、それぞれの判断に任せるというのは聞こえはいいが、それは責任はそちらにあるよということである。個々のチームに参加を任せる。もうそれだけでは限界があるのが見えている。

2021年08月19日